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zoom RSS Blog最下位!いやいや、再開!!

<<   作成日時 : 2018/05/28 18:12   >>

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 今年、御年とって遂に55歳。一昔前なら、もう定年で引退扱いの年齢である。とはえ、21世紀も20年近く経過した現在は、平均寿命が男性でも80歳弱で、55歳なんてまだまだ「チューネンの入り口」みたいな感じである。
 一般の55歳は、昔の同年代と比べれば容姿若々しく、体力的にも多少は優れているとは思う。では、Triathleteはどうかというと、「昔よりも若く見える現在の55歳」と比較しても、更に溌溂として若く見える(と思う)。当然、持久力を主とした体力においても平均以上だ。
 しかし、そんなところで満足していてはいけない。おそらく、多くの50歳台の現役Triathleteの多くは、「若いころに比べれば、回復力の低下は舐めないが、その分、動作技術やトレーニング理論に精通し、レースでも作戦と経験が回復力低下の穴を埋めてまだ上まわっている。

 Triathlonでは、国内唯一の専門雑誌「LUMINA」が、Challenge KONAなる新規格をスタートさせた。3年計画でIRONMAN Championship in KONA, Big Islandの出場を目指すという。IRONMANを主戦場としているTriathleteならだれもが憧れるBig Island, KONA。世界中で30選近くあるIRONMAN raceで、5歳刻みの年齢枠の上位数名が出場権を獲得できる。18歳以上という年齢制限と前述の上位入賞者であること以外に特別な条件はないのだが、そこへいたる道は困難で、出場資格獲得までの方法論は整理されていないため、この企画でプロセスを作っていくのだという。
 一方、欧米や豪州では、トップ・プロや数多のエイジグルーパーのトレーニング指導を生行っているプロ・コーチは大勢いて、「レジェンド」と言われるD. スコットやM.アレンなども、ネットを利用して世界中のTriathleteの指導に当たっている。IRONMAN公式HPの一角にあるTraining Peaksもその一種で、IRONMANで好成績を上げるための週単位のプログラムが販売されていたりする。また、Joe フリールなどの有名コーチは、そのノウハウやセルフ・コーチング技術を出版したりもしている。つまり、LUMINAが「未確立」とする❝How to Road to KONA❝は、海外ではすでにほぼ出来上がっている、と言う事だ。
 そこで、Challenge KONAに申し込んでメンバーに選出されずとも、「キャリア30年で、万年平均レベル」できた自分でも、「やればできる」〜Anything is possible〜をぜひとも実証してみたく、ここに改めて挑戦記を記すことにしました。

 私がTriathlonを始めたきっかけは、ダイエットでした。
営業職で外回りをしていた時期、大学生まで続けていた水泳は、就職後も火・木・土と現役大学生の朝練習に混ぜてもらい、割とbestに近い泳力を維持していました。しかしながら、年末年始が来るたびに、体重が1-2sずつ着実に増加していき、60s弱だったのが5年後には時々70sを超えてしまうまで増えてしまいました。帰宅して着替えているとき、出っ張ったお腹が邪魔をして「〇〇コ」が隠れて見えなくなっていたのに気づき、愕然としたのです。「これではイカン、何とかして痩せるためには、競泳以上の運動をするしかあるまい」と考えて、27歳になった頃の1990年の冬に、Triathlonに挑戦することを誓いました。
 KONAを目指そうと思ったのは、それから15年ほど経過した2005年、Hawaii Big Islandの聖地KONAで開催されていたHonu Half IRONMANに出場した事がキッカケでした。それまでの私は、毎年4月の宮古島大会と9月の佐渡大会で「なるべく上位に入る事」が目標で、もっぱら国内のローカルレースに出場していました。生活の殆どをTriathlonに捧げ、「血道あげてIRONMANを目指すなんて、オレには無縁だ」と思っていました。しかし、Halfとはいえ、Big Islandに降り立ったその瞬間に聞こえたんです。「ようこそ、KONAへ。待っていたぞ。10月のChampionshipに、選手として再び訪れることを、私も楽しみに待っている」 確かに、あの溶岩台地の向こうの山から、そんな声が・・・。
この時、Kさんという私よりも4-5歳ほど年上の方が、ツアー同行者で一緒でした。Kさんは、10年ほど前までChampionshipにも出場するトップ・エイジ選手でしたが、バーンアウト気味になったことと、家族をもったことから一時引退したいたんだそうです。そして、生活もだいぶ落ち着いて復帰するにあたり、Championshipとほぼ同じコースで開催されるこのレースを復帰戦に選んだと聞かせてくれました。結果、Kさんは「復帰戦にしては、キレッキレのRun!」で、エイジで6-7位くらいに入りました。そして、「ナイトーさん、トライアスロンもKONAも素晴らしいね! 来年は、お互いの家族を連れて、またこのレースに出場しましょう!」と約束をしたのでした。
その夢は、翌年の早春、Kさんが自らの命を絶ったことで、永遠にかなわぬ約束になってしまいました。2006年は、Kさんナシで再びHonuに出場し、Kさんに恥じないよう、前年を上回るタイムでフィニッシュすることが出来ました。すると、欲は更に高まり、「10月のChampionshipに、選手として絶対にこの地に戻ってくる」と、誰もが抱く夢を見るようになってきました。
(つづく)

画像

※いまはもうこの世にいないKさんと、一生忘れない記念の1枚。カイルア・コナをバックに。

”Life is an adventure!” ”Smile and Never Ever Give Up.” (Ellie & Massan)

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